ぐだぐだ日記

社会問題から果てはゲームプレイ日記まで様々なジャンルについて語る日記です。

経団連会長「終身雇用は守れない」←何を今更

経団連の中西会長は、企業が今後「終身雇用」を続けていくのは難しいと述べ、雇用システムを変えていく方向性を示した。大学側と経団連が議論した結果を、来週公表する予定。

経団連・中西宏明会長「正直言って、経済界は終身雇用なんてもう守れないと思っているんです。どうやってそういう社会のシステムを作り変えていくか、そういうことだというふうに(大学側と)お互いに理解が進んでいるので」

経団連の中西会長はこのように述べ、「人生100年時代に、一生一つの会社で働き続けるという考えから企業も学生も変わってきている」との認識を示した。

その上で、これまで日本では、4月の一括採用で入社せずに、あとから非正規で入社した場合、たとえスキルを身につけたとしても正社員に待遇で差をつけられるというケースを示し、そうした雇用システムに疑問を呈した。

経団連と大学側は、個人にとっても企業にとっても、より良い雇用のありかたについて、これまでの議論を22日に報告するという。

 

yahooニュースから引用。

 

「経済界は」←と経済界を代表してることに対して些か疑問ではあるが、我々にとってもう終身雇用なんて存在しない神話の制度であるという認識。

守れないと言ってるが守ったことはあるのだろうか?

終身雇用の恩恵を受けた会長自身がもう終身雇用は終わり!と発言するのは逃げ切り感が感じられる。

経団連は度々やらかしておりまた今回も批判殺到されている。

新たな社会システムを大学側と議論中とのことだが、遅すぎる感もある。そもそも労働契約法改正で非正規雇用が一気に増えたあたりからもう終身雇用、というか雇用を守るという体制は失われていただろう。就職氷河期時代の人を無視したりとスキルがあるのに新卒に負ける中途など終身雇用のデメリットが濃くなり、転職時代に転職の妨げになるこの制度はもう限界に達している。

年功序列賃金制度も同時に限界。

昇給制度ももう日本経済が成長しない失われた30年のせいでこうなった。

 

 

 

ならこれから先はどういう制度に変えるつもりなのだろうか。

 

 

 

人材の流動性を高める社会に変わるだろう。これに伴い新卒一括採用の廃止、解雇法の規制緩和。無能は切り捨てられ成果主義に変わる。

 

 

しかし、すぐに変わるとは思えない。未だに終身雇用の恩恵を受けている者は多く、仕事できない老人たちはどうなるのか。若者の意見はもう反映されない社会になっているから。

 

22日に議論したことを発表されるわけだがそこでまた発言しようと思う。

 

これから先へ

 

 

これから先の時代を生き抜くにはどうするか。

これから先の時代はどうなる?日本はどうなる?

 

個人主義の時代へ

ここでいう個人主義とは個人の力が強くなり企業などと対等になるということ。

例えばYouTuberのヒカキンはそこらの中小企業よりも売り上げがあり力があると言える。

このような個人が増える社会で私たちはどうするか。もう終身雇用のような均一化された工業製品のような人材たちになる必要はない。

人材の流動性が高まれば自分に合う職業に就きやすくなり、またスキルや実力あるものが報酬をもらえる社会になれる。

しかし、切り捨てられる人たちはどうなるのか。政府の支えだけで十分だろうか?ベーシックインカムなどが導入されるのも本格的に視野に入れねばならない。

 

 

 

 

日本に経済成長の道はあるか?

 

理論ではいくらでも経済成長につながる道はある。政府が赤字国債発行を増やし、インフラ整備、公共投資で需要を生み出すやり方が一番現実的であろう。地方活性化にもつながる。しかし、国民の緊縮ムードや政治無関心、老人社会が進む日本ではかなり厳しい。また国債発行=戦争に繋がるといった平和主義者の考え。

(平和主義は貧困への道から引用。財政法4条の政府は借金してはならない。これは政府がむやみに国債発行するのは戦争に繋がるという考えから来ている。戦争には金が必要だから政府は借金してはならないという発想。武力を持ってはならないという発想にも近い)

借金してはいけないというプロパガンダはこれからもずっと続くであろう。これはMMTの普及や個人の認識を変えていく必要がある。しかし何十年もかかるしその頃にはもう日本はどこにもないかもしれない。

 

政治の選択肢がない①

 

そして政治のオワコン化。

なぜ今の政治が腐敗しているのか、というか国民の政治への体勢と認識も腐敗している。

右翼vs左翼の考え方しかできてない。

そもそも右翼とか左翼の定義は?それすらもわからず、勝手に自分は右翼と思い込み、反対意見に対して「左翼だ!」と批判して終わる。

左翼側もそう「ネトウヨだ!」という批判して終わる。どちらもレッテル貼りしかしてないし建設的な議論をしない。

このレッテル貼り文化は非常に政治の足を引っ張る。特にノンポリ層などはますます政治に対する考え方を変える。離れていく。

 

右翼、左翼の認識ができてないのになぜすぐ決めつけるのかこれは広い曖昧で抽象的なカテゴリーとして捉えているから。両者ともに。

 

「右翼、ネトウヨ」= レイシスト、保守、安部サポ、現政権支持者、愛国主義者、軍国主義者、歴史修正主義者、排外主義者、バカ etc

 

「左翼、ブサヨ」= 共産主義者社会主義者

改革派、リベラル、理想主義、人権主義、現政権反対派、陰謀論者、在日、反日、反体制主義者、平和主義者、バカ、etc

このようなレッテル貼りが行われている。

というか矛盾してる箇所もある。安部政権はグローバリズムで改革派だから安部政権支持者は左翼側になるわけだがなぜかネトウヨとレッテル貼りされている。保守側としてみれば同じネトウヨと区分されていて非常に嫌であろう。

また政権支持=右翼ではないとして、政権反対も必ず左翼とは限らないのに政権反対は左翼とレッテル貼りされる。

このレッテル貼り文化の問題点は議論が途切れる、もしくは建設的ではなくなってしまうことにつながる。反対意見を左翼or右翼と定めた瞬間に思考停止が起こりひたすら相手の発言を聞かなくなる。

 

自称右翼側は「左翼=馬鹿」、自称左翼側は「右翼=馬鹿」。

反対意見に対して「君の言ってることはよくわからんけど反対するってことは左翼or右翼なんでしょ?馬鹿じゃん。ハイ終わり」

左翼or右翼のレッテル貼りをし意見を聞かない。もしくは全否定して来ようとする。「馬鹿の左翼or右翼なんだからこいつらの意見は絶対に間違っている!もし間違いじゃないことを認めてしまったら自分の立場のアイデンティティが崩壊する!だから否定するんだ!」

これが大半の認識であると僕は思っている。ネットの議論を見ていると。

また自分の意見を持たない。必ず何かの引用からの発言。別にこれは否定するつもりはない、引用しても構わない。しかし発言に対する責任を持とうということだ。これは政治家たちにも言えるし、ネット言論の人たちにも言える。(まぁポジショントークであろうが)

例えば、現政権に対する批判。これは無責任な批判が多い。アベノミクスを完全に否定することは難しい、というか一概に言えることではないのだけど政治発言に対する責任がないため簡単に否定しているのだ。

 

政治の選択肢が無い②

これはよく言われる与党も野党もグローバリズムでありナショナリズムでは無いということ。

右は売国、左は亡国

日本のためにという政権が無いことが問題。

 

政治の選択肢がない③

 

今の政権支持率は30%くらい。3割程度で与党になれるということ。2025年には高齢者が4人に一人になると言われている。そうした社会の場合、老人優遇政策を取れば簡単に支持率を稼ぐことができあっという間に政権交代になるかもしれない。老人優遇政策で逃げ切り世代にとって、また未来への投資額が減りますます腐敗化するだろう。

 

政治の選択肢がない④

 

若者の政治離れ。これは①〜③までの問題と密接している。政治離れならまだしも最近は「日本離れ」が浸透している。優秀な人材なら海外へ行くし、国や社会に頼らない身勝手な個人主義な生き方にはしるだろう。帰属意識の低下は高まっている。

 

最後に参考画像等を貼る。(画像を貼った方法がpv数がふえるため)

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